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大和国吉野郡小路村梅本家文書

  • [公開日:2024年8月1日]
  • [更新日:2026年3月18日]
  • ID:1849

やまとのくによしのぐんしょうじむらうめもとけぶんしょ

広橋家所蔵文書の写真
詳細
指定区分
所在地奈良県吉野郡下市町
管理者浄徳寺・下市町

概要

南北朝時代、後醍醐天皇が梅本九良氏を吉野郡内の有力な郷土の長8名「八旗八荘司」の一人として召し出され小路を御料荘と定めた。また、1484年第9代右衛門佐正善は蓮如上人より「善南」という法名を賜り浄徳庵を設けた。江戸時代、梅本氏は小路代官となり1871年まで継続された。「大和国吉野郡小路村梅本家文書」は現代に至るまでの先人の生活の様子や、苦難を乗り越えてきた姿の一端を知るためにも貴重な郷土歴史遺産であり、下市町に現存している時代を垣間見る貴重な資料である。